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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)9799号 判決 1999年11月05日

原告

福田由香

ほか一名

被告

大成火災海上保険株式会社

主文

一  被告は、原告らそれぞれに対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一〇月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同じ。

第二事案の概要

一  訴訟の対象

自動車保険普通保険約款及び販売用自動車保険特約に基づく保険金請求

二  争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実

(一)  交通事故の発生(甲一)

<1> 平成九年八月三〇日(土曜日)午前一〇時一五分ころ(晴れ)

<2> 大阪市大正区千島一丁目一三番二〇号

<3> 亡福田正則(以下、正則という。)は、普通乗用自動車(なにわ三三り二七五八)(以下、本件自動車という。)を運転中

<4> 石灘清則は、大型乗用自動車(なにわ二二あ一六六七)を運転中

<5> 本件自動車が石灘運転車両に追突した。

(二)  正則の死亡と相続(甲二)

正則は、本件自動車に試乗中、追突事故を起こして、死亡した。

原告らは、正則の相続人であり、相続分は、それぞれ三分の一である。

(三)  被告の保険契約の締結(乙二)

被告は、有限会社パシフィックエンタープライズ(代表者知念幸子)との間で、平成八年一一月一三日、本件自動車を被保険自動車として、自動車保険契約(証券番号四〇九四三二七七三)及び販売用自動車保険特約を締結した。

三  原告らの主張

原告らは、自動車保険契約及び販売用自動車保険特約に基づき、被告に対し、自損事故死亡保険金合計一〇〇〇万円の支払を求める。

四  被告の主張(保険の不適用)

(一)  本件自動車の管理について

保険が適用されるためには、パシフィック社が販売の目的で本件自動車を管理する際に発生した事故であることが必要である。しかし、本件事故は、有限会社新和モータースが販売の目的で本件自動車を管理し、顧客である正則に試乗させているときに発生した。したがって、保険は適用されない。

(二)  特約における被保険者の記載について

販売用自動車保険特約六条(自損事故条項適用の特則)は、□欄に該当する者については、普通保険約款自損事故条項四条(保険金を支払わない場合―その二)を適用しないと定めている。ところが、本件では、特約六条の□欄は、空欄のままである。この場合、特約六条とともに、特約五条が被保険者を定める条項であるから、特約五条の□欄に記載された被保険者が、特約六条の□欄に該当する被保険者であると考えるべきである。本件では、特約五条の□欄には、遠藤俊宏、城本祐二、島袋の三名が記載されており、したがって、これらの者が特約六条の□欄に該当する被保険者である。したがって、また、正則は、被保険者ではなく、保険は適用されない。

(三)  契約担当者の意思について

本件の自動車保険契約については、被告は、森本保険サービスこと森本弘が担当した。相手方であるパシフィック社は、取締役である遠藤俊宏が担当した。森本は、遠藤から、パシフィック社の従業員数を聞いたところ、遠藤、城本祐二、島袋の三名であったので、この三名を被保険者とするつもりで、特約五条の□欄に前記三名の氏名を記入し、特約六条もこれと同じくするつもりで、□欄に記入しないで空欄のままとした。したがって、契約担当者は、被保険者を三名に限定するつもりであった。

第三判断

一  証拠(甲八、九、乙二ないし八、10、証人池嶌裕志の証言)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  BAPの規定

自動車保険普通保険約款(以下、BAPという。)賠償責任条項三条一項は、被保険者とは、<1>保険証券記載の被保険者(以下「記名被保険者」という。)、<2>記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者、ただし、自動車販売業等自動車を取り扱うことを業としている者が業務として受託した被保険自動車を使用または管理している間を除く、と定める。

BAP自損事故条項二条は、被保険者とは、被保険自動車の保有者、運転者、乗車装置に搭乗中の者等と定め、同四条は、自動車販売業等自動車を取り扱うことを業としている者が被保険自動車を業務として受託している間に、被保険者に生じた傷害に対しては、保険金を支払わない、と定める。

(二)  BAPの特約の規定

販売用自動車保険特約五条は、BAP賠償責任条項三条の規定にかかわらず、BAP賠償責任条項において、被保険者を次のいずれかに該当する者と定め、次の者とは、<1>記名被保険者及びその使用人、<2>□欄としている。

特約六条は、この特約により、□欄については、BAP自損事故条項四条(保険金を支払わない場合―その二)の規定を適用しない、と定める。

(三)  特約の趣旨

販売用自動車保険特約は、比較的小規模な自動車販売業者を対象として、簡便な販売用自動車保険契約を包括的に締結できるようにしたものである。

特約五条の趣旨は、次のとおり解されている。つまり、BAP賠償責任条項三条一項は、記名被保険者のほか、いわゆる許諾被保険者も被保険者としているが、モータービジネス業者が業務として被保険自動車を受託している間は、許諾被保険者から除かれる。しかし、特約は、自動車販売業者を対象としており、BAPをそのまま適用したのでは意味がない。そこで、BAPの適用を排除し、被保険者を定めることにした。したがって、例えば、□欄には、記名被保険者から販売を委託された者及びその使用人、購入の目的で試乗する者などと記入する。

特約六条の趣旨も、同旨である。つまり、BAP自損事故条項四条二項は、モータービジネス業者が業務として被保険自動車を受託している間の事故については、保険金を支払わないことと定めている。しかし、販売用自動車を被保険自動車とする契約はモータービジネス業者のための契約であり、この免責条項をそのまま適用すると、意味がなくなってしまう。そこで、特約により、免責規定を排除し、被保険者を定め、モータービジネス業者が受託中の事故も担保されることとした。したがって、□欄には、特定の者に制限する場合には、その者の氏名を記入したり、または特約五条に定める者と記入し、特定の者に制限しない場合には、BAP自損事故条項二条(被保険者)に定める者と記入する。

(四)  特約の締結

パシフィック社は、平成八年一一月一三日、被告との間で、自動車保険契約(BAP)を締結し、さらに、販売用自動車保険特約を付した。

自動車保険契約申込書(兼契約明細書)の、被保険自動車欄には、「三メイ、大阪市大正区北村一―七―三」と記載され、特約欄には、「販売用自動車」と記載されている。

また、販売用自動車保険特約一条(被保険自動車)の□欄には「販売を目的とする自動車すべて」と記載され、五条(被保険者―対人・対物賠償共通)の□欄には「遠藤俊宏、城本裕二、島袋」と記載され、六条(自損事故条項適用の特則)の□欄には、何らの記載もない。

(五)  パシフィック社と新和モータースの関係

パシフィック社は、自動車、中古自動車、自動車部品の輸出入及び販売などを目的とする会社である。知念正和は、同社の取締役であり、本件自動車を所有している。

有限会社新和モータースは、各種自動車販売及び修理業などを目的とする会社である。代表取締役は、池嶌裕志である。

知念は、約三年前ころ、自動車オークションの会場で池嶌と知り合い、お互いの会社が近いことから懇意になり、パシフィック社には販売用自動車を展示するスペースがないので、新和モータースに展示させてほしいと依頼したことがあった。池嶌は、自動車修理を業務の中心としていたが、中古車の販売も扱い、数台の中古車を販売用に展示していたので、空きスペースがあればパシフィック社の販売用自動車を展示してもよいと答えた。

その後、パシフィック社の販売用自動車を新和モータースの空きスペースに展示するようになった。自動車の管理については、帳簿はなく、新和モータースがキーを預かった。販売方法については、新和モータースは、販売を依頼されているわけではなく、およその販売価格を聞き、自動車を購入したいという客がきたときは、近くにあるパシフィック社に電話連絡し、社員に来てもらって、商談をしてもらった。ただし、パシフィック社の社員がいないときは、新和モータースが対応することもあった。販売用自動車が売れたときは、パシフィック社は、新和モータースに対し、謝礼として約三万円を支払った。新和モータースは、販売用自動車のための保険に入っていない。

新和モータースは、本件自動車(ベンツ)を、平成九年七月末ころから預かっていた。池嶌と正則は、以前からの知り合いで、正則が本件自動車に試乗したいと希望したとき、池嶌が対応して助手席に同乗し、正則が本件自動車を運転した。

二  これらの事実によれば、つまり、BAPと特約の各規定とその趣旨、パシフィック社が自動車保険契約を締結した事情、パシフィック社と新和モータースの関係などを考慮すると、本件では、販売用自動車保険特約六条(自損事故条項適用の特則)の□欄、つまり、免責条項を不適用とするために被保険者を記入する□欄は空欄であるが、特定の者に制限しない趣旨であると解すべきである。

したがって、正則が試乗中に起こした本件事故についても、保険が適用されるべきであり、被告は、原告らに対し、保険金合計一〇〇〇万円を支払うべきである。

三  これに対し、被告は、前記のとおり、まず、パシフィック社は本件自動車を管理していなかったと主張する。

しかし、前記認定事実によれば、パシフィック社は、新和モータースの展示場を借り、そこに販売用自動車を展示していたにすぎず、あくまで販売の主体であったことは明らかであるから、パシフィック社が販売の目的を持って本件自動車を管理していたと認められる。

四  また、被告は、特約六条の被保険者を記入すべき□欄が空欄であるから、特約五条の被保険者を記入すべき□欄と同様の記入がされていると解すべきであると主張する。

確かに、特約五条と特約六条は、いずれも、BAPで定められているモータービジネス業者の免責を排除するために被保険者を定める規定であり、その限度で、共通の意味がある。

しかし、特約五条はBAPの賠償責任条項の特約であり、特約六条はBAPの自損事故条項の特約であり、必ずしも同一に理解しなければならないわけではない。

そもそも、本件の特約における記載の体裁を考慮しなければならないことは確かだが、結局は、当事者の意思を合理的に解釈することが重要であると考えられる。そこで、さらに、検討を続ける。

五  被告は、この点について、被告の担当者である森本弘は、特約五条の□欄に記入された者三名を特約六条の□欄に記入したつもりで契約したと主張し、同旨の陳述書(乙七)を提出する。

そこで、森本の陳述の内容を検討すると、BAPの被保険者を前記三名に限定するつもりで、自動車保険契約書(乙二の一)にその旨の記載をしたと述べる。しかし、BAPの被保険者を三名に限定するつもりであったとの意味は必ずしも明確ではないが、それを措くとしても、自動車保険契約書の被保険自動車の欄に、「三メイ、大阪市大正区北村一―七―三」と記載されているにすぎない。この記載から、被保険者を前記三名に限定する意思であったと読み取ることは難しいというべきである。

また、森本は、契約当時は代理店となるための研修中でまだ記載要領がわからなかったと述べる。しかし、そうであれば、不正確な記載から契約内容を判断することは相当でないし、記載の体裁を議論するまでもなく、契約内容を理解していたかどうかさえ疑われるのである。いずれにしても、森本の陳述をそのまま採用することはできないといわざるを得ない。

そもそも、森本は、被告保険会社側の担当者として、パシフィック社が自動車の販売を営み、販売用自動車を管理しているから自動車保険契約(特約付き)を締結しようとしていたことを十分に知っていたはずである。また、販売用自動車を管理しているのであれば、通常購入目的で試乗する者がいること、さらには、保険を付する必要がある場合もあることも容易に理解できたはずである。そうであれば、本来、モータービジネス業者の免責条項を排除するために、試乗者を被保険者と定めるなどして特約を付することが十分に考えられるはずである。ところが、森本は、遠藤も被保険者を限定するつもりであったはずであると述べるにとどまり、その理由や、パシフィック社と具体的に打ち合わせをしたかどうかについては、まったく明らかではない。したがって、森本が、被保険者を限定して、試乗者が事故を起こしても保険の適用がないことを承知の上で契約したと述べるのであれば、保険の適用を限定する理由が明らかではない以上、不自然不合理な陳述であるというほかなく、そのまま森本の陳述を採用できるわけではない。

仮に、森本が、被保険者を前記三名と定め、保険の適用を限定するつもりで契約を締結したとしても、また、自動車保険、特にBAPと特約に関する知識があまりなく、単に従業員を被保険者とすれば足りると考えて契約を締結したとしても、いずれにしても被告の主張は採用できない。なぜなら、パシフィック社は、前記のとおり、販売用自動車を管理するから自動車保険契約(特約付き)を締結しようと考えたのであるから、通常あえて試乗者に保険の適用がないように特約を付そうとは考えないはずである。本件証拠を検討しても、パシフィック社が試乗者に保険の適用がないように契約をするつもりであったことを窺わせる証拠はない。したがって、森本が保険の適用を限定するつもりであったとしても、パシフィック社はそういうつもりはないから、森本の意思のとおりに契約が成立したと解することは相当でない。結局、契約内容については、客観的に、また、合理的に解釈して決めるほかない。そうであれば、前記認定のとおり、パシフィック社は販売用自動車及び試乗者に保険を適用させるつもりでいたはずであり、それが通常の契約当時者の意思であると考えられ、特約六条の□欄も空欄のままであるから、特約六条の被保険者は、特定の者に制限しない趣旨であると解することが相当である。

六  以上のとおり、被告の主張はいずれも採用できない。

(裁判官 齋藤清文)

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